ビキニ環礁での水爆実験

 1954(昭和29)年3月1日、マーシャル諸島のビキニ環礁で大規模な水爆実験が行われ、近海で操業中だった静岡県のマグロ漁船第五福竜丸が「死の灰」を浴びました。乗員23名はすべて被ばくし、久保山愛吉無線長(当時40歳)が約半年後に亡くなりました。この事件は国民に強い衝撃を与え、原水爆禁止運動発展の契機となりました。