長崎誓いの火(ながさきちかいのひ)

昭和62年8月1日設置

 

 古代オリンピックの故事によれば、4年に一度のオリンピックが開かれ聖火が灯されている期間は、全ての戦いが中止されたといいます。このことから、聖火は「平和の象徴」とされてきました。

 1983年8月、ギリシャ政府の特別の許可により、人類最後の被爆地長崎へ送るための聖火が、オリンピアの丘で採火されました。

 オリンピック以外の目的で、聖火がギリシャ国外へ持ち出されることはきわめて例外的なことです。

 聖火は、ギリシャ文化科学省の特使たる名高い女優、アスパシア・パパタナシュによって長崎に運ばれ、平和公園に集まった2000人の人々の見つめる中、本島等長崎市長へと手渡されました。

 平和の象徴であるこの火は大切に保存され、まもなくこの火を灯し続けようという市民の手により「灯火台建設運動」が開始されました。

 日本の各地から、そして海外から、さまざまの団体から、個人から、平和の願いをこめた寄付金が建設委員会へ寄せられ、1987年、灯火台は完成しました。

 この火は、「世界中から全ての核兵器が廃絶されるまで」灯し続けられます。

 平和の象徴としてこの灯が灯されている限り、日本と世界のどこにも決して核戦争を起こさせない-すなわち長崎が世界で最後の被爆地であり続けるという誓いが、この火にはこめられているのです。

1988年8月6日
長崎を最後の被爆地とする誓いの火灯火台建設委員会

 

概要

誓いの火は、長崎原爆被災者協議会が、毎月9日の9:00~17:00などに点火しています。