平和の母子像(へいわのぼしぞう)

昭和62年8月1日設置

 

 男たちが戦場に向かったとき、女たちもまた勝利を祈った。しかし、広大な大陸や、はるかな海の島々では、数知れない人々の血が流されていった。そして遂に1945年、沖縄での惨劇についで、8月6日広島、9日長崎への非道な原子爆弾攻撃に至った。

 ああ、あの閃光の下で、数万もの男女、無数の母と子が灼かれ、ひき裂かれ息絶えた。

 あれから四十余年、いま第二の核戦争へとシグナルは点滅し、地球は破滅の渕にある。

 戦争も核兵器も許してはならない。命あるすべてのものが生きる、この緑の大地を、地球を守ろう。

 それぞれの「あの日」を生きつづける女たちの、たぎる思いをひとつにあわせ、再び、あの惨禍をくり返さぬ誓いをこめて、ここにこの像を建てる。

1987年8月1日
長崎平和の母子像を建てる会