西浦上国民学校(北北東1.8キロ 家野郷)

 西浦上国民学校は長崎師範学校の裏側に建ち、渡り廊下で結ばれていたが、コの字型の木造2階建校舎は全体が浮き上がり押しつぶされた状態で倒壊した。しかし、在校職員と、原爆直後川平分校から駆けつけた職員の防火活動で、師範学校からの類焼はまぬがれた。

 当日の在校職員は13人で、4人が犠牲となった。3人はいずれも校舎の下敷きとなり、1人は夕方死亡しているのが発見され、2人はようやく救出されたが夕方までに息をひきとった。ほか1人は校用で外出中、西郷で被爆し、翌日同僚の看護の中で亡くなった。このほか職員数人も重軽傷を負った。

 児童の被害は約170人。この日は授業日になっていたが、登校時に警報発令のため途中から引き返し、ほとんどが自宅や屋外で死亡したものと推定されている。

 

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